お知らせ
2024年09月03日(火)
器官病態学講座 後藤明輝教授、バイオサイエンス教育・研究センター 小代田宗一准教授および南谷佳弘学長(研究当時 医学系研究科胸部外科学講座教授)が著者となる肺がんのマイクロRNA異常に関する研究論文が国際学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United Staes of America』に掲載されました。
論文タイトル
Oncofetal IGF2BP3-mediated control of microRNA structural diversity in the malignancy of early-stage lung adenocarcinoma.
著者名
Yuko Fujiwara, Ryou-u Takahashi, Motonobu Saito, Michinobu Umakoshi, Yoko Shimada, Kei Koyama, Yasushi Yatabe, Shun-ichi Watanabe, Souichi Koyota, Yoshihiro Minamiya, Hidetoshi Tahara, Koji Kono, Kouya Shiraishi, Takashi Kohno, Akiteru Goto, Naoto Tsuchiya
掲載誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United Staes of America
研究等概要
器官病態学講座 後藤明輝教授、バイオサイエンス教育・研究センター 小代田宗一准教授および南谷佳弘学長(研究当時 医学系研究科胸部外科学講座教授)が著者となる肺がんのマイクロRNA異常に関する研究論文が国際学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United Staes of America」に掲載されました。 肺がんは本邦におけるがん死因の一位であり、年間で約7万6千人に死をもたらす難治がんの一つです(国立がん研究センター癌情報サービス)。早期で発見されても約半数近くが術後に再発することが知られています。そのため、術後再発リスク、特にがんの特徴を踏まえて迅速に把握することは患者さんに適した術後の医療選択のために貴重な情報となります。マイクロRNA*2(以下、miRNA)は、内在性のnon-coding RNAであり、遺伝子発現制御因子として機能する個体の発生に必須の因子です。その機能異常は、がんの病態誘発と深く連携することがわかっています。しかしながら、「miRNAの機能異常とは何?」との問いに対しては未だ議論が続いています。本研究では、miRNAが細胞内で合成される際に生じる構造の多様性*3が、がん細胞では異常(アイソフォームの合成異常)であることに着目し、がん悪性度との関連、合成異常が起きるメカニズムの解析を実施しました。その結果、構造多様性制御の異常の数値化は、早期ステージ肺腺がんの術後再発リスクを迅速・簡便に予測できるバイオマーカーとして有望であることを示しました。
研究成果(方法・結果)または取り組みの詳細:
1. がん組織中の特定miRNA構造を定量化することで早期肺腺がんの再発リスクが評価できる
これまでの研究から、がん細胞中にはmiR-21-5p(がんと関連するmiRNAとして知られている)の構造アイソフォームであるmiR-21-5p+C(miR-21-5pの3‘末端にCが付いた構造、図1を参照)の量が多いことがわかっていました。miR-21-5p+CとmiR-21-5pのどちらが優位に合成されることが、がんの悪性化に重要なのか検討しました。国立がん研究センター中央病院で外科的切除された肺腺がん症例の手術検体を利用し、miR-21-5pとmiR-21-5p+Cを定量化しました。上述のように、miR-21-5pはがんと関連するmiRNAとして報告されていましたが、肺腺がんでは、むしろmiR-21-5p+Cの合成異常が顕著であることが判りました。そこで、miR-21-5p+Cの合成優位性をDominance score (D-score)として数値化し、患者さんの予後との関連を調べました。その結果、D-scoreの高い肺腺がん、特に早期ステージ(ステージIとII期)、は再発リスクが極めて高いことが判りました。さらに、秋田大学医学部附属病院で手術された早期の肺腺がん手術症例を用いて、同様の解析をしたところ、やはり、D-scoreが高い症例は、再発リスクが極めて高いことが示されました(図1参照)。
2. D-scoreは肺腺がんの遺伝子発現様式と強く連携する
では、D-scoreは肺腺がんのどのような特徴を反映しているのか?この疑問を明らかにするために、ゲノム解析により、遺伝子変異との関連を調べました。その結果、D-scoreは肺腺がんのドライバー遺伝子変異とは相関せず、ゲノム変異では既定されないことが判りました。さらに、網羅的な遺伝子発現解析から、D-scoreの高い症例は、細胞周期(DNA複製と染色体分配)の亢進があること、持続的な上皮間葉転換(転移誘発)圧力を受けていること、免疫を回避する特性を有していることが明らかになりました。D-scoreが高い肺腺がんは、たとえ早期ステージであったとしても、細胞増殖能や転移能を有する悪性度の高い腫瘍であると言えます。転移能を有することが、再発リスクの高さの要因であると考えられます(図2参照)。
3. 癌胎児抗原IGF2BP3が制御するmiRNA構造多様性は細胞内ネットワークを制御する
D-scoreはどのような因子による制御されているのか?この点を明らかにするために、肺腺がん症例のD-scoreとRNA制御因子群の遺伝子発現量との相関関係を解析し、IGF2BP3を同定しました。IGF2BP3は、癌胎児抗原と呼ばれる遺伝子の一つで、胎生期には発現しているものの、成体の正常組織ではほとんど発現が認められません。一方で、ある種のがん組織では高い発現を示す特徴があります。その機能が、がん細胞の悪性形質と連携する可能性が報告されています。肺がん細胞株のIGF2BP3の発現をノックダウン(以降、KD)法で阻害すると、miR-21-5p+Cの合成が選択的に抑制されることが判りました。さらに、IGF2BP3が細胞の核内で、miRNAの合成因子であるDroshaと複合体を形成し、miR-21-5p+Cの合成を促進している可能性を明らかにしました。さらに詳細な解析を実施し、miR-425-5p、miR-454-3p、Let-7ファミリーの構造アイソフォームがIGF2BP3によって制御されていること、D-scoreの高い肺腺がんでそれらの発現異常が観察されることを見出しました。これらのmiRNAがD-scoreの高い肺腺がんの特徴である、細胞周期の亢進、転移誘発能と免疫関連の細胞内ネットワークを制御することを明らかにしました(図2)。
まとめると、D-scoreはがん細胞内で生じているmiRNAの構造多様性を強く反映する指標であり、腫瘍特性と強く連携することが判ります。この原理が、早期ステージ肺腺がんの術後再発の予測を可能としていると考えられます。また、miRNAの機能異常とは、それらの発現異常のみならず、構造多様化のパターンが変化することが大切であることを明らかにしました。
用語解説
*1 構造アイソフォーム:遺伝子から合成されるmiRNAは、成熟体と呼ばれる22塩基長の構造が主体となるが、合成過程でその両末端の構造が異なるものが合成されることがある。これらをマイクロRNAの構造アイソフォームまたはisomiR(アイソミア)と呼ぶ。(図1のmiR-21-5p(成熟体)とそのアイソフォームであるmiR-21-5p+Cの塩基配列を参照)
*2 マイクロRNA(miRNA):細胞内に存在する22塩基長からなる短いRNA分子のことである。このRNAはタンパク質の情報を含まない特徴がある(タンパク質情報をコードしていないため、non-coding RNAの総称で示される)。miRNAは、自身の配列と相補性を有するメッセンジャーRNA(mRNA)を標的として、そのmRNAのタンパク質への翻訳やmRNAの分解を促進することで、遺伝子の発現を制御する機能を持つ。
*3 構造多様性:細胞内では、上記のように成熟体と構造アイソフォームが、様々な割合で混在している。その構成比率は、各miRNAによって違いがあるが、悪性のがん組織では、構造アイソフォームの比率に特徴がある。本硏究では、miRNAの成熟体とアイソフォームの比率を構造多様性と定義した。
*4 定量的RT-PCR法:定量的逆転写PCR(Polymerase Chain Reaction)
法であり、RNAを鋳型として逆転写反応により鋳型DNAを合成し、定量的に標的を増幅することにより、遺伝子の発現量を定量化する方法である。
参考URL
https://www.akita-u.ac.jp/honbu/index.html#(全学HP)
https://www.ncc.go.jp/jp/information/researchtopics/2024/0902/index.html